みさこちゃんは、
幼稚園に通う女の子です。
仲良しのお友達は、すずなちゃん。
すずなちゃんは運動がとっても得意で、
鉄棒でぐるんぐるんなんてお手のもの。
なのにみさこちゃんはぶら下がるのがやっとです。
走るのだってすずなちゃんはすごく早いのに、
みさこちゃんはいっつもびりっけ。
みさこちゃんはすずなちゃんが羨ましくて仕方ありません。
「いいなぁ、すずなちゃんは。
みさこも鉄棒ぐるんぐるんしたり、
1等賞で走ったりしてみたい」
そう思って一生懸命練習をしてみるのですが、
やっぱりなかなかうまくいかないのでした。
ある日、おうちで飼っている大きなわんこのちゃーすけがみさこちゃんに言いました。
「みさこちゃん、お散歩行こうよ」
「えーっ、だめだよ、ちゃーすけおっきいからみさこのことぐんぐん引っ張っていっちゃうでしょ、みさこ負けちゃうもん」
「今日はゆっくり歩くよ、約束するよ」
「だって、みさこ一人でお外にいくのこわいし…」
「ぼくが一緒だから大丈夫だよ、おうちのうらの公園にいったらすぐ帰るから」
「うん…すぐ近くだから大丈夫かも!」
さぁ、話が決まれば早速出発です。
おうちのうらの公園はホントにすぐそこ。
ママがおうちからみさこを呼んだらちゃんと聞こえるほどの距離です。
みさこちゃんは初めての一人でのお散歩にドキドキ。
でもちゃーすけがいるから大丈夫!
ママもおうちにいるし
何かあってもすぐママを呼べるもの。
ちゃーすけは約束通りゆっくり歩いてくれたので、
みさこは難なく公園に着くことができました。
公園にはブランコ、滑り台、そしてみさこちゃんの苦手な鉄棒があります。
よおし、今日も鉄棒練習してみよう。
どうやったらお腹のとこで鉄棒に乗れて、
ぐるんと一回転できるんだろう?
「ちゃーすけ、ちょっと待っててね」
みさこちゃんはちゃーすけを鉄棒の足に繋ぐと、
鉄棒にぶら下がってみました。
でもやっぱり、体を上に持っていくことができません。
すずなちゃんは上手にできるのに、
何でみさこはできないんだろう。
悲しくなってきたみさこちゃんの目に、
涙がにじんできました。
「みさこちゃん泣いてるの?どっかいたいの?」
ちゃーすけがみさこちゃんを見上げて言いました。
「ううん、頑張ってるのにどうしてもすずなちゃんみたいに鉄棒ぐるんぐるんできないから。みさこはぶら下がるだけであと何もできないの。走るのだって
皆の中で一番遅いし」
なきべそをかきながらみさこちゃんは答えました。
「だから頑張って練習してるんだね。ちゃーすけ、鉄棒は教えてあげられないけど走るのは得意だよ。ぼくと走ってみようよ!」
「ちゃーすけと?逃げない?」
いつもならぐんぐん引っ張っていくちゃーすけ。
走る練習を口実に逃げられたら大変です。
「逃げないよ!だから一緒に走ろう!走るって、気持ちいいよ!」
鉄棒の足に繋がれて座っていたちゃーすけはもう立ち上がっていました。
「…うん!」
みさこちゃんは勢いよく鉄棒から下りると、
ちゃーすけの綱を持って駆け出しました。
「どこに行くの?」
先を走っていくちゃーすけにきくと、
「ついてきて!」
ちゃーすけは行き先も告げずどんどん前へ進んでいきます。
鉄棒を練習していた公園はとうに抜け、
近所の堰を渡り、
ひとつ年上のそうた君のおうちを通りすぎ、
黒猫のいる文房具屋さん、
材木屋さん、
畳屋さん…。
ちゃーすけのあとを必死で追いかけているうち、
いつの間にかずいぶん遠くへ来てしまいました。
はあはあはあ。
息があがって苦しくてもう走れません。
「ちゃーすけ!ちゃーすけ!疲れたよ!」
みさこちゃんがちゃーすけをぐいぐいと引っ張ると、
ちゃーすけはやっと走るのをやめました。
「みさこちゃん疲れた?でもいっぱい走れたね!見て!ここのお花畑知ってた?」
疲れてしゃがみこんでいたみさこちゃんはちゃーすけの言葉に顔を上げてみました。
見ると、見覚えのない景色のなかに、ピンクやオレンジ色の細かな花ばなが辺り一面咲き揃っています。
「わあ!こんなとこ初めてきたよ!おはな、きれい!」
こんなお花畑、ママと一緒のちゃーすけのお散歩でも、車に乗ってお出かけしたときでも来たことがありません。
「みさこちゃん、どのお花が好き?ここのお花ね、おいしいんだよ」
ちゃーすけがおかしなことを言います。
お花がおいしい?
お花って、食べるんだっけ?
「頑張って頑張って走ってくるとね、ここのお花畑に来れるの。でね、おいしい匂いがしてね、食べてみるとほんとにおいしいんだよ!」
そう言ってちゃーすけは近くに咲いていたオレンジ色のおはなの匂いをくんくんとかいで、次にぱくっとそのお花をたべてしまいました!
「ええっ、ほんとに食べられるの?うそー。」
疑うみさこちゃんをよそに、ちゃーすけは満足そうにむしゃむしゃとお花を食べています。
「じゃあ、ちょっとだけ…」
恐る恐る、みさこちゃんは足元のきれいなピンク色のお花を摘んで香りを嗅いでみました。
「ん!これ、おいしい匂いがする!」
なんだか食べたことのあるようなおいしい香りです。
なんだっけ?なんだっけ?この香り、みさこの好きな…
みさこちゃんは思いきってそのお花をぱくっと口に入れてみました。
「…あっ、これ、のり巻きの味!のり巻きとかに入ってる、ピンク色の甘いやつの味!みさここれ大好き!」
これはびっくりです。
なんとそのお花はみさこちゃんの好きな桜でんぶの味がするのです。
「ちゃーすけ、このお花おいしい!ここ、すごいね!」
みさこちゃんは今度は少し離れた所に咲いている赤っぽい花を摘んでみました。
これはなんの味だろう?
香りはやっぱり甘い気がします。
口に入れると、あらあら。これは!
「オレンジジュースの味がする!わあ、なんでだろう!?」
みさこちゃんとちゃーすけは、辺りに咲いているお花を次々に味見し始めました。
実にさまざまな味のするお花畑です。
みさこちゃんがわかったものだけでも、
メロンやいちご、シュークリーム、ポテトチップス…どれもみさこちゃんの大好きなものばかりでした。
ひとしきりお花のおやつを食べ終え、
ふと空を見ると夕焼けで真っ赤に染まっていました。
「ママ…」
みさこちゃんは途端に寂しくなり、おうちが恋しくなりました。
「ちゃーすけ、もう帰ろう?帰り道、わかる?」
お腹がいっぱいで寝そべっていたちゃーすけが顔を上げました。
首をかしげます。
「ちゃーすけ?帰ろう?」
みさこちゃんが立ち上がってちゃーすけの綱をひくと、ちゃーすけも立ち上がりました。
そして、黙ってうなだれながら歩き始めます。
ちゃーすけどうしたかな?道、わかんなくなったのかな?
みさこちゃんは段々不安になってきました。
さっきまであれほどみさこちゃんと楽しくおしゃべりしていたのに、ちゃーすけは全然しゃべろうとしません。
ただ、しっかりと足は前へ前へと進ませています。
じきに、みさこちゃんまでがうなだれ始めました。
ママ…ママ…。早くおうちに帰りたい。
ちゃーすけに連れられてお花畑まできたけど、
ここがどこだかわからないしちゃーすけはしゃべらなくなっちゃったしほんとにおうちに帰れるんだろうか?
知らぬ間に、みさこちゃんの頬を涙がつたっていました。
一人でお散歩なんか来るんじゃなかった。
歩いても歩いても、全然知ってる景色がやってきません。
畳屋さんは?
材木屋さんは?
そうたくんのおうちはまだ?
そうする間にも辺りはどんどん暗くなっていきます。
とうとうみさこちゃんはへたりこんで泣き出してしまいました。
「ママ~!ママ~!おうちに帰りたいよお!」
するとそれを見たちゃーすけがみさこちゃんの涙をペロペロとなめて寄り添ってくれました。
そして。
「みさこちゃ~ん?まだ鉄棒の練習してるの?ご飯の支度手伝ってくれな~い?」
ママの声です!
みさこちゃんははっと声の方へ振り返りました。
そこはみさこちゃんのおうちでした。
ママが、キッチンの窓から顔を出しているのが見えました。
「ママ!」
みさこちゃんは思わず駆け出しました。
ちゃーすけもみさこちゃんの後を追いかけてきます。
ところがちゃーすけは首輪がぐんっと引っ張られて進めなくなってしまいました。
「わんわんっ!」
ちゃーすけが必死にみさこちゃんを呼びます。
みさこちゃんは構わずママの方へ走って行きました。
おうちのうらの勝手口のドアを開けて中に駆け込みます。
「あらあらどうしたの、鉄棒頑張って疲れちゃった?」
ママが優しくみさこちゃんを抱きしめてくれました。
ぎゅーっと、みさこちゃんはママに抱きついて離れません。
「ほらほら、ちゃーすけが鉄棒のとこでひとりぼっちで寂しがってるわよ。連れてきてあげなさい?」
ママは笑いながら言いました。
みさこちゃんはママから離れると、キッチンの窓から背伸びしておうちのうらを見ました。
ちゃーすけが、あの鉄棒の足に繋がれて一人でしょんぼりしているのが見えました。
「ちゃーすけがいてくれたから、ママ安心してみさこが鉄棒練習するのここから見ていられたわ」
うふふ、とママが笑います。
「頑張ったから喉が渇いてるんじゃない?オレンジジュースあるわよー。さあ今夜はみさこの大好きなのり巻きにしましょう!
桜でんぶも買ってあるからね、デザートはメロンがいい?イチゴがいい?あ、ぱぱがね、シュークリームを買って来てくれるって。そうだ、昨日すずなちゃんのママから頂いたポテトチップスもあったわね、湿気っちゃうからたべちゃわないと…」
ちゃーすけを迎えにいこうと勝手口から外へ出ると、
薄暗くなった公園の鉄棒の下で、ちゃーすけが立ち上がり、
「みさこちゃん、また一緒に走ってお花畑行こうね」
と言ったのです。
それをきいて、狐につままれたような顔をしていたみさこの顔がほころび、
「うん!おいしかったもんね!みさこ、また頑張って走るよ!」
ちゃーすけを連れてママの待つおうちに帰って行きました。
おうちもごちそういっぱいだね。